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Zeal of Ultralady 第十七話『俺と大怪獣』 Part8-1
8
この日も天候に恵まれていない事が証明されたのは、すぐの事であった。
予定通り、行政がダム中流付近へ設けた監視所に辿り着いた面々は、先行組の湯島と池上に加え、尾島親子とも合流した。
そして、その時になって、昨日からの曇り空より、とうとう小粒の雨が静かに降りかかって来る事となっていた。
「ちぇっ。エルダイト、まだメシ食ってる最中じゃんかよ。空気読まねえ雨だなあ」
数日前よりもさらに幾分か態度の軟化した剛は、持ち前の快活さから来る毒舌を、一班の面々へ惜しげもなく披露している。
監視所のモニターに据え付けられたモニターの内部では、ダム湖畔に盛られた大量の飼料を、青玉の大怪獣がのんびりとはんでいる映像を映し出されている。
「これで後は、ジールがあのエルダイトを迎えに来るのを待つだけ。お別れの前に、もう一度側にいってみる、剛君?」
すっかり剛少年と打ち解けた雰囲気の池上が、当の少年に向かって呼びかける。
この小柄な女性学者は、湯島の冷淡な態度を背景に、持ち前の天真爛漫さで屈託なく剛へ接し続けた結果、ついにその信頼を勝ち得ていた。
その際、学者らしい筋道のたった明快な説明で、必要十分な知識を彼に与えた事も、その安堵感を引き出す大きな要因であった。
「そうっすね。このまま最後まで、素のままでアイツに接するのがベストですから」
モニターの中の友人を見据える横顔からは、数日来の必死さは消え失せ、一抹の寂しさに彩られた穏やかな表情となっていた。
その様子を見守る一行もまた、どこか安堵感が漂っている。
多少の懸念をはらみつつも、事態は極めて順調に推移しているかのように見えた。
同時刻。
本人は知らぬ事ながら、戦女神の師という複雑な立場にある環境学者の杉崎は、一人付近の山中へ、無事だった山林の様子を観察に訪れていた。
「有害物質や、放射線量の異常はない。人の手を加える必要はあるが、これならば森林の再生事業にも目処はたてられるか」
随伴もつけず、周辺の山々を見て回る杉崎。
現在、この初老の環境学者が足を運んでいるのは、行政の飼料供給作戦によって、辛うじてエルダイトの被害を免れた区域である。
先刻より降り出した雨にも関わらず、迷彩柄の雨具姿で、くまなく周辺の観察を続けてゆく杉崎。
この著名な学者もまた、教え子の戦女神と同じく、己にできる事を果たさんとしているのである。
しかし、人間である以上は当然体力の限界という物が存在する。
山野に分け入って二時間余り。年齢からすればかなり持った方だが、それでも息切れを感じた杉崎は、付近の斜面にダム湖を一望できる張り出しを見つけ、そこで休憩を執る事にしていた。
都合の良いことに、雨も一時的ながらその勢いを弱まらせ、高台からのダム湖のパノラマを、初老の学者へと提供していた。
そして、その一角では、遠景のなかでもなお巨大に映るエルダイトが、自衛隊によって湖畔へ投擲される飼料の山に頭を突っ込んでいる。
「あの怪獣に関する限り、これで人事は尽くした。あとはジールが本当に来てくれるかどうか、だな」
「彼女は必ず来ますよ」
涼やかな、しかしどこか含みのある若い男の声。それを背後からかけられ、杉崎は目を剥いて振り返る。
忘れられるはずもない声の通り、背後には紛れもない彼の息子が、傘も差さずに立ち尽くしていた。
愛用するソフトスーツが、雨粒に濡れるのにも関わらず、魔人の人間体・杉崎恭一郎は父親の肩越しに真名川ダムの遠景に目を注いでいた。
「おまえ、一体いつからそこに!? この土地に何をしに来た!!」
辛うじてそれだけを絞り出した杉崎へ、恭一郎は真摯としか言いようのない顔を向けてくる。
「以前父さんに渡した、地球環境についての仮説。その実証例を直に観察しに来ました」
「あの怪獣は、お前に取り憑いている異星人のもたらした物だ。それが、一体地球環境の何と関係がある」
息子というより、論敵を見据える目で息子に詰め寄る杉崎。
「それはもうじき明らかになりますよ。事が終わるまで、僕と一緒に歴史的なその一瞬を観察しましょう、父さん」
「ふざけるな、恭一郎! お前があの悪魔に手を貸した事で、一体どれだけの罪もない人が苦しんだと思っている!!」
「地球の現生人類全てに恐怖を与えていますからね。概算で70億人程度でしょうか」
嘲りも、勝ち誇る響きもない乾いた声。それが逆に恭一郎の他人行儀さを際だたせた。
その声に激した杉崎は、衝動的に息子の襟首を鷲づかみにする。
「その様子では悔い改めるつもりはないようだな。こうなった以上はっ!」
そのままもみあうようにして、岩棚の端へ息子ともども位置をずらす杉崎。
「私は責任をとり、お前と共に命を絶つ!!」
言うが早いか、引き込むようにして、杉崎は息子と共に崖から宙に身を投げ出した。
しかし、その無理心中が果たされる事はなかった。
確かに身を投げ出したはずであるのに、二人の長身はそれぞれ宙に浮いたまま、一向に落下しないのである。
やがて、二人の体が緩やかに浮遊し、元の岩棚上まで位置を戻すや、恭一郎が困ったような顔を向けた。
「そう事を急ぐのは父さんの悪い癖ですよ。いずれにしろ、このままではそう遠くない未来、人間は自らの生存環境を食いつぶして自滅します」
「黙れ! 今も必死にこの星の環境と共生しようとしている人々を嘲るなど、お前の父親として許さんぞ!」
「今更、何かをするのに親の許可が必要な歳でもありませんがね」
苦笑気味に言って目を瞑る美青年は、次の瞬間背後に吹っ飛んでいた。
「お前は自分が一体何を言っているのか分かっているのかっ!」
自らを殴り飛ばした父を見上げながら、恭一郎は笑みを絶やさずに立ち上がる。
「こういう言い方はしたくありませんが、わかっていないのは父さん方です」
「なんだと?」
「僕とゼクスノーツは、人間をただ根絶やしにしたい訳ではない。この星に発生し、優れた進化を果たしながらも、道を違えてしまった人間という種族。その我々が手にすることができなかったもう一つの進化の形を、今からでも具現化させたいのです」
その道において、経験も実績も遙かに勝っているはずの杉崎は、一瞬ながら息子の言葉の意味を理解しそこねていた。
だが、すぐにその真意を悟って愕然とする。
「恭一郎。まさかお前、以前に私から引き継いで完成させたあの理論を、この場で実践しようと言うのか!?」
「この場に限った事ではありません。僕はゼクスノーツと同化したその時から、歯車を回し始めていましたよ。父さんが途中で手を引いたあの理論通りに」
「環境が生命の形を創り上げる。というあの理論通りにか……」
限りなく苦い声と顔になる杉崎は、とうとう目眩を感じてその場に片膝をついてしまう。
「極めてありふれたテーマの論文でしたが、父さんの理論は、生物の進化に必要な条件の再定義という点から、とても画期的な内容でした」
そこで人の形をした魔人は、どこか愉快そうな調子となって湖に向き直る。
「そう。生物は自ら望んで進化するのではなく、あくまで環境に進化を促されるのです。……そのために、僕らは巨大生物を用いて地球環境へ刺激を与え続けた。この意味がわかりますか?」
「や、やめろ。そんな恐ろしい事はやめてくれ、恭一郎……」
「その制止は遅きに失していますね。僕たちが巻き起こした巨大生物災害は、それ自体が目的なのではなく、あくまで手段にすぎない。人類が今までに僕たちから受けた被害など、結果的にそうなった、というだけの事です」
「……なぜ、なぜこうなってしまったのだ」
絶望と諦観。今やこの聡明な初老の環境学者は、それだけに精神を支配されていた。
その様子を見て初めて、恭一郎の顔に暗い愉悦のような陰が浮かび上がる。
「僕たちの目的の第一段階は、地球外巨大生物という異物によって環境を刺激し、それに対抗しようとする力を発現させる事。……すなわち、地球産巨大生物の誕生です」
「まさか、そんな……。では、この土地に出現した二体目の巨大生物は、お前たちの手による物ではないのか!?」
「その通りです、父さん。あくまで僕らは、幾つか選定した実験場の内、最初に反応のあったこの土地へ事の次第を見届けに来ただけです」
恭一郎が言った時であった。
ドォン、という大音量の地鳴りと共に、極めて重い震動が周辺一帯を走り抜ける。
「これは……」
「これこそ、この地球の環境が生み出した巨大生物の産声。……いえ、地球の生物史が新たな転機を迎えた証ですよ」
感極まったかのように、嬉々として真名川ダムの湖面を注視する恭一郎。
その様子は、待ち望んでいた玩具の到来に歓喜する幼児を彷彿とさせた。
この日も天候に恵まれていない事が証明されたのは、すぐの事であった。
予定通り、行政がダム中流付近へ設けた監視所に辿り着いた面々は、先行組の湯島と池上に加え、尾島親子とも合流した。
そして、その時になって、昨日からの曇り空より、とうとう小粒の雨が静かに降りかかって来る事となっていた。
「ちぇっ。エルダイト、まだメシ食ってる最中じゃんかよ。空気読まねえ雨だなあ」
数日前よりもさらに幾分か態度の軟化した剛は、持ち前の快活さから来る毒舌を、一班の面々へ惜しげもなく披露している。
監視所のモニターに据え付けられたモニターの内部では、ダム湖畔に盛られた大量の飼料を、青玉の大怪獣がのんびりとはんでいる映像を映し出されている。
「これで後は、ジールがあのエルダイトを迎えに来るのを待つだけ。お別れの前に、もう一度側にいってみる、剛君?」
すっかり剛少年と打ち解けた雰囲気の池上が、当の少年に向かって呼びかける。
この小柄な女性学者は、湯島の冷淡な態度を背景に、持ち前の天真爛漫さで屈託なく剛へ接し続けた結果、ついにその信頼を勝ち得ていた。
その際、学者らしい筋道のたった明快な説明で、必要十分な知識を彼に与えた事も、その安堵感を引き出す大きな要因であった。
「そうっすね。このまま最後まで、素のままでアイツに接するのがベストですから」
モニターの中の友人を見据える横顔からは、数日来の必死さは消え失せ、一抹の寂しさに彩られた穏やかな表情となっていた。
その様子を見守る一行もまた、どこか安堵感が漂っている。
多少の懸念をはらみつつも、事態は極めて順調に推移しているかのように見えた。
同時刻。
本人は知らぬ事ながら、戦女神の師という複雑な立場にある環境学者の杉崎は、一人付近の山中へ、無事だった山林の様子を観察に訪れていた。
「有害物質や、放射線量の異常はない。人の手を加える必要はあるが、これならば森林の再生事業にも目処はたてられるか」
随伴もつけず、周辺の山々を見て回る杉崎。
現在、この初老の環境学者が足を運んでいるのは、行政の飼料供給作戦によって、辛うじてエルダイトの被害を免れた区域である。
先刻より降り出した雨にも関わらず、迷彩柄の雨具姿で、くまなく周辺の観察を続けてゆく杉崎。
この著名な学者もまた、教え子の戦女神と同じく、己にできる事を果たさんとしているのである。
しかし、人間である以上は当然体力の限界という物が存在する。
山野に分け入って二時間余り。年齢からすればかなり持った方だが、それでも息切れを感じた杉崎は、付近の斜面にダム湖を一望できる張り出しを見つけ、そこで休憩を執る事にしていた。
都合の良いことに、雨も一時的ながらその勢いを弱まらせ、高台からのダム湖のパノラマを、初老の学者へと提供していた。
そして、その一角では、遠景のなかでもなお巨大に映るエルダイトが、自衛隊によって湖畔へ投擲される飼料の山に頭を突っ込んでいる。
「あの怪獣に関する限り、これで人事は尽くした。あとはジールが本当に来てくれるかどうか、だな」
「彼女は必ず来ますよ」
涼やかな、しかしどこか含みのある若い男の声。それを背後からかけられ、杉崎は目を剥いて振り返る。
忘れられるはずもない声の通り、背後には紛れもない彼の息子が、傘も差さずに立ち尽くしていた。
愛用するソフトスーツが、雨粒に濡れるのにも関わらず、魔人の人間体・杉崎恭一郎は父親の肩越しに真名川ダムの遠景に目を注いでいた。
「おまえ、一体いつからそこに!? この土地に何をしに来た!!」
辛うじてそれだけを絞り出した杉崎へ、恭一郎は真摯としか言いようのない顔を向けてくる。
「以前父さんに渡した、地球環境についての仮説。その実証例を直に観察しに来ました」
「あの怪獣は、お前に取り憑いている異星人のもたらした物だ。それが、一体地球環境の何と関係がある」
息子というより、論敵を見据える目で息子に詰め寄る杉崎。
「それはもうじき明らかになりますよ。事が終わるまで、僕と一緒に歴史的なその一瞬を観察しましょう、父さん」
「ふざけるな、恭一郎! お前があの悪魔に手を貸した事で、一体どれだけの罪もない人が苦しんだと思っている!!」
「地球の現生人類全てに恐怖を与えていますからね。概算で70億人程度でしょうか」
嘲りも、勝ち誇る響きもない乾いた声。それが逆に恭一郎の他人行儀さを際だたせた。
その声に激した杉崎は、衝動的に息子の襟首を鷲づかみにする。
「その様子では悔い改めるつもりはないようだな。こうなった以上はっ!」
そのままもみあうようにして、岩棚の端へ息子ともども位置をずらす杉崎。
「私は責任をとり、お前と共に命を絶つ!!」
言うが早いか、引き込むようにして、杉崎は息子と共に崖から宙に身を投げ出した。
しかし、その無理心中が果たされる事はなかった。
確かに身を投げ出したはずであるのに、二人の長身はそれぞれ宙に浮いたまま、一向に落下しないのである。
やがて、二人の体が緩やかに浮遊し、元の岩棚上まで位置を戻すや、恭一郎が困ったような顔を向けた。
「そう事を急ぐのは父さんの悪い癖ですよ。いずれにしろ、このままではそう遠くない未来、人間は自らの生存環境を食いつぶして自滅します」
「黙れ! 今も必死にこの星の環境と共生しようとしている人々を嘲るなど、お前の父親として許さんぞ!」
「今更、何かをするのに親の許可が必要な歳でもありませんがね」
苦笑気味に言って目を瞑る美青年は、次の瞬間背後に吹っ飛んでいた。
「お前は自分が一体何を言っているのか分かっているのかっ!」
自らを殴り飛ばした父を見上げながら、恭一郎は笑みを絶やさずに立ち上がる。
「こういう言い方はしたくありませんが、わかっていないのは父さん方です」
「なんだと?」
「僕とゼクスノーツは、人間をただ根絶やしにしたい訳ではない。この星に発生し、優れた進化を果たしながらも、道を違えてしまった人間という種族。その我々が手にすることができなかったもう一つの進化の形を、今からでも具現化させたいのです」
その道において、経験も実績も遙かに勝っているはずの杉崎は、一瞬ながら息子の言葉の意味を理解しそこねていた。
だが、すぐにその真意を悟って愕然とする。
「恭一郎。まさかお前、以前に私から引き継いで完成させたあの理論を、この場で実践しようと言うのか!?」
「この場に限った事ではありません。僕はゼクスノーツと同化したその時から、歯車を回し始めていましたよ。父さんが途中で手を引いたあの理論通りに」
「環境が生命の形を創り上げる。というあの理論通りにか……」
限りなく苦い声と顔になる杉崎は、とうとう目眩を感じてその場に片膝をついてしまう。
「極めてありふれたテーマの論文でしたが、父さんの理論は、生物の進化に必要な条件の再定義という点から、とても画期的な内容でした」
そこで人の形をした魔人は、どこか愉快そうな調子となって湖に向き直る。
「そう。生物は自ら望んで進化するのではなく、あくまで環境に進化を促されるのです。……そのために、僕らは巨大生物を用いて地球環境へ刺激を与え続けた。この意味がわかりますか?」
「や、やめろ。そんな恐ろしい事はやめてくれ、恭一郎……」
「その制止は遅きに失していますね。僕たちが巻き起こした巨大生物災害は、それ自体が目的なのではなく、あくまで手段にすぎない。人類が今までに僕たちから受けた被害など、結果的にそうなった、というだけの事です」
「……なぜ、なぜこうなってしまったのだ」
絶望と諦観。今やこの聡明な初老の環境学者は、それだけに精神を支配されていた。
その様子を見て初めて、恭一郎の顔に暗い愉悦のような陰が浮かび上がる。
「僕たちの目的の第一段階は、地球外巨大生物という異物によって環境を刺激し、それに対抗しようとする力を発現させる事。……すなわち、地球産巨大生物の誕生です」
「まさか、そんな……。では、この土地に出現した二体目の巨大生物は、お前たちの手による物ではないのか!?」
「その通りです、父さん。あくまで僕らは、幾つか選定した実験場の内、最初に反応のあったこの土地へ事の次第を見届けに来ただけです」
恭一郎が言った時であった。
ドォン、という大音量の地鳴りと共に、極めて重い震動が周辺一帯を走り抜ける。
「これは……」
「これこそ、この地球の環境が生み出した巨大生物の産声。……いえ、地球の生物史が新たな転機を迎えた証ですよ」
感極まったかのように、嬉々として真名川ダムの湖面を注視する恭一郎。
その様子は、待ち望んでいた玩具の到来に歓喜する幼児を彷彿とさせた。
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