Zeal of Ultralady 第十七話『俺と大怪獣』 Part6-1
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雨はその日の深夜まで降り続いていた。
山間からの濁流が滔々と流れ込む影響もあってか、エルダイトがいつも通りダム湖の中に帰るまでには長い時間を要していた。
それでも、剛が我慢強く相手をした甲斐もあり、夕暮れ時にようやく湖の中へと帰っている。
また、この怪獣にまつわる一連の分析結果を出し終えた調査課一班ではあるが、対策室を初めとする治安当局への第一報は、簡単な報告書という形でのみ提出をしていた。
本来ならば、一刻も早く正確な情報を周知せねばならないのだが、それは対策室側からとある事情によって延期を要請されていた。
事の理由は単純で、全ての事情を判明させるには、現在唯一エルダイトをなだめる事のできる少年・尾島剛の同席が不可欠であったのだ。
この日の午後、長時間にわたる怪獣の相手と、ジールから伝えられた衝撃的な内容から、さすがの剛も疲労が限界を超え、泥のように眠りについていた。
結局、夜半も良い時間帯になった頃に彼が目を覚ますと、それを待ち構えていたかのように関係者一同による会議が開かれた。
場所は、少年の体調を気遣って、比較的快適な一班の宿泊する旅館の大部屋である。
出席者は絞りに絞っても、9名とかなりの大人数であった。
治安関係者側からは、対策室の城島と、自衛隊の山岸。
DEMIO側からは、班長の湯島と、周辺環境の破壊速度を算出した洋美に、怪獣の生体情報を分析した池上。
そして、今回の事件において、期せずして重要なキーパーソンとなった尾島剛と、その父親の正。
また、調査課一班に所属する教え子たちへ、それぞれ協力した杉崎と瀬口も同席している。
「それでは始めます」
コの字型に配置された簡易テーブルの上座についた城島が、良く通るバリトンの声で宣言した。
「まず初めに、我々対策室と自衛隊の統一した見解をお伝え致します。……現在、この土地に止まっている巨大生物の固有名称は、DEMIO研究部調査課の使用するコードネームをに準じ、エルダイトと致します」
「ジールが言っていたのと同じだ……」
剛が呟くのを認めながらも、城島は己の報告を淡々と語り続ける。
「そして、当該個体に対する我々治安当局の方針は、短期間の保護としております。その理由としているのは、あのエルダイトに人間社会への自発的な破壊活動が行われていない点が一つ」
保護、という言葉を聞き取った少年の顔が綻ぶのを、洋美は内心大きな安堵の念を抱きつつ確認する。
「もう一つは、これまで有害巨大生物の処理に多大な貢献をしてくれた巨人、ウルトラレディ・ジールが直に保護を申し出ている事実があります」
「そして、第三の点は私からお伝えしよう」
そう言ったのは、ジールと直接会話をする機会に恵まれた自衛隊指揮者の山岸である。
「現在、あの巨大生物が留まっているのは山間のダム湖であり、その場において当該個体と交戦という事態になれば、ダム湖の湖水を支える堰体に致命的な損傷を被る可能性が高いためであります」
理にかなった治安組織の判断に、胸をなで下ろしたのは一人や二人ではなかった。
「しかしながら、あの怪獣の捕食活動による周辺環境の破壊は今なお進行中であり、ジールが当該個体を保護に当たると言った五日後まで、どの程度の被害規模となるのかDEMIOの方々に算出していただきました」
事のあらましをそこまで説明した山岸は、一班の三人に催促するような仕草を見せた。
元々用意はできているため、洋美は手元のリモコンを操作し、大広間の奥に張られたスクリーンを点灯させる。
「DEMIO研究部調査課の志賀と申します。この件において推定される被害範囲についてご説明致します」
極めて事務的に言葉を述べる洋美。
表情こそポーカーフェイスを装っているものの、その目の光は普段よりずっと物憂げである。
「まず、このエルダイトと称される怪獣の食性についてですが、純粋な草食性である事はご承知かと思います。ただ、一見周辺の植物を見境なく摂食してはいますが、その嗜好には明確な順序が存在していました」
洋美は次いでスクリーンの画像を操作。
それに伴い、エルダイトが真名川ダム周辺の山林を摂食している画像が、四分割されて映し出される。
どのシーンも同じ地点での静止画像だが、時間経過に伴って状況が推移した事を示している。
左上の一枚目は地に生える下草、特にシダ植物をはんでいる画像。
右上の二枚目は、下草を食い尽くし、周囲の広葉樹の立木を獲物としている画像。
次いで左下の三枚目はそれでも飽きたらず、地表に僅かに残った地衣類を掘り起こして捕食している画像であった。
最後の右下の画像は、悪意のない怪獣によって植生を食い尽くされた、無残なまでの周辺の景色である。
「これだけでも十分害獣だな。ジールの保護希望と、現場がダムでなければ、即座に対策室の火力で処理してしまうべきだが」
徹底的な現実主義者である湯島の言葉には、いささかの容赦もない。
それに対し、食いつくような視線を剛が飛ばしてくるが、ニヒルな中年班長は気にするどころか視線を向けさえしなかった。
「そして、これが被害を受けた地域を日毎に色づけした図です」
洋美がスクリーンの画像を操作すると、真名川ダム一帯の航空写真が映し出され、この周辺部へ黒線の枠で覆われた赤い図形が重ねられる。
赤い範囲は幾重にも重なって面積を広げており、それがエルダイトの捕食活動によって受けた日毎の被害範囲であるのは明白だった。
「そして、こちらが我々の算出した今後一週間の予想被害範囲です」
映し出されていた写真に、新たな黄色い図形が重ねられる。
黄色く表された被害予想地域は、やはり日毎に黒い線で覆われ、一日ごとにどこまで怪獣の捕食行為が及ぶのかを否応なく悟らされる。
そして、黄色い図形がダムの堰体に到達する予想日は、約三日後となっている。
「ご覧になって頂ければわかる通り、このまま放置すれば、約三日後にダム周辺の植生はエルダイトによって全滅します」
「ぜ、全滅するとどうなるっていうんだ?」
それまで、ムッツリと沈黙を守っていた剛の父親の正が、恐る恐る聞いてくる。
対する洋美は、感情を押し殺して答えた。
「あの怪獣が、新たな餌を求めてダムの外へ移動を開始するでしょう。その過程で、ダムは間違いなく破壊され、下流一帯に甚大な被害が出ると予想されます」
「なんてこった……」
受け取る情報の重要さに、正はポケットからハンカチ代わりに作業帽を取り出し、額の汗をぬぐう事しかできずにいる。
「しかしながら、今回相手の生体がかなりの部分まで解き明かされているため、駆除以外の対処が可能です」
栗毛の現代的美人の声が、その一言から僅かに明るさを取り戻す。
雨はその日の深夜まで降り続いていた。
山間からの濁流が滔々と流れ込む影響もあってか、エルダイトがいつも通りダム湖の中に帰るまでには長い時間を要していた。
それでも、剛が我慢強く相手をした甲斐もあり、夕暮れ時にようやく湖の中へと帰っている。
また、この怪獣にまつわる一連の分析結果を出し終えた調査課一班ではあるが、対策室を初めとする治安当局への第一報は、簡単な報告書という形でのみ提出をしていた。
本来ならば、一刻も早く正確な情報を周知せねばならないのだが、それは対策室側からとある事情によって延期を要請されていた。
事の理由は単純で、全ての事情を判明させるには、現在唯一エルダイトをなだめる事のできる少年・尾島剛の同席が不可欠であったのだ。
この日の午後、長時間にわたる怪獣の相手と、ジールから伝えられた衝撃的な内容から、さすがの剛も疲労が限界を超え、泥のように眠りについていた。
結局、夜半も良い時間帯になった頃に彼が目を覚ますと、それを待ち構えていたかのように関係者一同による会議が開かれた。
場所は、少年の体調を気遣って、比較的快適な一班の宿泊する旅館の大部屋である。
出席者は絞りに絞っても、9名とかなりの大人数であった。
治安関係者側からは、対策室の城島と、自衛隊の山岸。
DEMIO側からは、班長の湯島と、周辺環境の破壊速度を算出した洋美に、怪獣の生体情報を分析した池上。
そして、今回の事件において、期せずして重要なキーパーソンとなった尾島剛と、その父親の正。
また、調査課一班に所属する教え子たちへ、それぞれ協力した杉崎と瀬口も同席している。
「それでは始めます」
コの字型に配置された簡易テーブルの上座についた城島が、良く通るバリトンの声で宣言した。
「まず初めに、我々対策室と自衛隊の統一した見解をお伝え致します。……現在、この土地に止まっている巨大生物の固有名称は、DEMIO研究部調査課の使用するコードネームをに準じ、エルダイトと致します」
「ジールが言っていたのと同じだ……」
剛が呟くのを認めながらも、城島は己の報告を淡々と語り続ける。
「そして、当該個体に対する我々治安当局の方針は、短期間の保護としております。その理由としているのは、あのエルダイトに人間社会への自発的な破壊活動が行われていない点が一つ」
保護、という言葉を聞き取った少年の顔が綻ぶのを、洋美は内心大きな安堵の念を抱きつつ確認する。
「もう一つは、これまで有害巨大生物の処理に多大な貢献をしてくれた巨人、ウルトラレディ・ジールが直に保護を申し出ている事実があります」
「そして、第三の点は私からお伝えしよう」
そう言ったのは、ジールと直接会話をする機会に恵まれた自衛隊指揮者の山岸である。
「現在、あの巨大生物が留まっているのは山間のダム湖であり、その場において当該個体と交戦という事態になれば、ダム湖の湖水を支える堰体に致命的な損傷を被る可能性が高いためであります」
理にかなった治安組織の判断に、胸をなで下ろしたのは一人や二人ではなかった。
「しかしながら、あの怪獣の捕食活動による周辺環境の破壊は今なお進行中であり、ジールが当該個体を保護に当たると言った五日後まで、どの程度の被害規模となるのかDEMIOの方々に算出していただきました」
事のあらましをそこまで説明した山岸は、一班の三人に催促するような仕草を見せた。
元々用意はできているため、洋美は手元のリモコンを操作し、大広間の奥に張られたスクリーンを点灯させる。
「DEMIO研究部調査課の志賀と申します。この件において推定される被害範囲についてご説明致します」
極めて事務的に言葉を述べる洋美。
表情こそポーカーフェイスを装っているものの、その目の光は普段よりずっと物憂げである。
「まず、このエルダイトと称される怪獣の食性についてですが、純粋な草食性である事はご承知かと思います。ただ、一見周辺の植物を見境なく摂食してはいますが、その嗜好には明確な順序が存在していました」
洋美は次いでスクリーンの画像を操作。
それに伴い、エルダイトが真名川ダム周辺の山林を摂食している画像が、四分割されて映し出される。
どのシーンも同じ地点での静止画像だが、時間経過に伴って状況が推移した事を示している。
左上の一枚目は地に生える下草、特にシダ植物をはんでいる画像。
右上の二枚目は、下草を食い尽くし、周囲の広葉樹の立木を獲物としている画像。
次いで左下の三枚目はそれでも飽きたらず、地表に僅かに残った地衣類を掘り起こして捕食している画像であった。
最後の右下の画像は、悪意のない怪獣によって植生を食い尽くされた、無残なまでの周辺の景色である。
「これだけでも十分害獣だな。ジールの保護希望と、現場がダムでなければ、即座に対策室の火力で処理してしまうべきだが」
徹底的な現実主義者である湯島の言葉には、いささかの容赦もない。
それに対し、食いつくような視線を剛が飛ばしてくるが、ニヒルな中年班長は気にするどころか視線を向けさえしなかった。
「そして、これが被害を受けた地域を日毎に色づけした図です」
洋美がスクリーンの画像を操作すると、真名川ダム一帯の航空写真が映し出され、この周辺部へ黒線の枠で覆われた赤い図形が重ねられる。
赤い範囲は幾重にも重なって面積を広げており、それがエルダイトの捕食活動によって受けた日毎の被害範囲であるのは明白だった。
「そして、こちらが我々の算出した今後一週間の予想被害範囲です」
映し出されていた写真に、新たな黄色い図形が重ねられる。
黄色く表された被害予想地域は、やはり日毎に黒い線で覆われ、一日ごとにどこまで怪獣の捕食行為が及ぶのかを否応なく悟らされる。
そして、黄色い図形がダムの堰体に到達する予想日は、約三日後となっている。
「ご覧になって頂ければわかる通り、このまま放置すれば、約三日後にダム周辺の植生はエルダイトによって全滅します」
「ぜ、全滅するとどうなるっていうんだ?」
それまで、ムッツリと沈黙を守っていた剛の父親の正が、恐る恐る聞いてくる。
対する洋美は、感情を押し殺して答えた。
「あの怪獣が、新たな餌を求めてダムの外へ移動を開始するでしょう。その過程で、ダムは間違いなく破壊され、下流一帯に甚大な被害が出ると予想されます」
「なんてこった……」
受け取る情報の重要さに、正はポケットからハンカチ代わりに作業帽を取り出し、額の汗をぬぐう事しかできずにいる。
「しかしながら、今回相手の生体がかなりの部分まで解き明かされているため、駆除以外の対処が可能です」
栗毛の現代的美人の声が、その一言から僅かに明るさを取り戻す。
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