Zeal of Ultralady 第十六話『リトルブレイバー』 Part4-1
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一足先に現場へ到着した湯島以下、工藤と佐々木は、早速調査の業務に入る事となった。
この鈴鹿峠を通る国道一号線は、上下線が分離されて別々の高度に敷かれており、間のスペースに連絡用の小路が通った構造となっている。
地滑りはその下り線側、峠の最上部である鈴鹿トンネル付近に生じており、生じた土砂もそのスペースまでなだれ込む程の規模であった。
ここまで連れてきた家族たちを、安全区域に残して桐田に世話を任せると、さっそく三人は機材を抱え、斜面から道路側に突き出た岩塊へと近づいた。
山肌の崩落という割には、通常のそれと異なり、長雨で地盤が緩くなっている訳でもない。労せずして付近に迫ると、佐々木がすぐに自治体側から提供されたファイルを開いて目を通す。
「放射線量は異常なし、未知の病原体の存在も認められない。熱の理由は科学的な反応が一番可能性が高いって訳か」
公的な初動調査の結果を確認すると、すぐに幾つかの機材を手にとり、あまり安定していない土の斜面へヒョイヒョイと歩いてゆく。
「佐々木、俺たちは安全確認でいいか?」
「班長はそれでいいですよ。工藤君は、サポートとして一緒に来てくれないか?」
「了解です」
ノートパソコンやファイル類などを収めたバックを肩にかけると、工藤も確かな足取りで佐々木に追従する。
元々体力自慢の自衛官であり、現在も一班の肉体派代表の男である。佐々木の抱えていた荷物を引き受けても、まるで足取りに乱れが見られない。
「ま、佐々木たちの家族には悪いが、今回は何事もあるまい。退屈な業務ではあるが、俺らが安全に作業してる証明と考えてもらうか」
持参したミネラルウォーターを口に含みつつ、湯島は岩塊に茫洋とした視線を注ぎ続けるのであった。
一方、その班員の家族たちは、上下線を結ぶ連絡路の上から、岩塊を調査する佐々木たちを見つめていた。
距離にして数百メートルは離れているだけあり、その玄武岩の袂に張り付いた人の姿など殆ど点にしか見えないほどである。
「ねぇー、ママ。パパってあそこで何やってるの?」
暇をもてあました真里が、たまらず美也子に尋ねた。
「あの岩の塊が、普通とは違うから詳しく調べてるのよ」
「へえー。でも、なんだか退屈」
「大人の仕事っていうのはね、子供から見たら退屈なのよ。でも、今日はパパたちについて行きたいって言ったのは真里たちなんだから、大人しくしてなきゃ駄目よ?」
「でも、遊ぶ場所もないなんて、つまんなぁい」
昼食前の空腹時という事もあり、歳の割にキリッとした少女はむくれて見せた。
確かに真里の言う通り、滋賀県との県境にあたるこの土地は、子供の遊び場になるような物は一切ない。
見渡せば、自動車専用のバイパスが、傾斜のきつい緑豊かな渓谷に、へばりつくようにして伸びているのみである。
三人の子供たちは、まだまだその自然を観察して楽しめる歳ではない。
「宗治くんや秋宏くんたちも退屈でしょ?」
「うん。それに、おなかも空いたよ」
「宗治、それって自業自得。パパたちについて来たいって言い出さなきゃ、今頃みんな列車の中でお弁当食べてたのよ?」
「ママ、何か食べる物ちょうだーい」
とゴネて見せる宗治に、今度は秋宏が声をかける。
「宗治くん、もうそろそろお姉ちゃんたちがご飯買ってくるから、それまで待ってようよ。騒ぐと余計おなかが減るって言うよ?」
聞き分けの良すぎる秋宏の言葉に、美也子とみのりの方が顔を見合わせた。
ここまでしっかり教育されているなど、主人の同僚は一体どんな環境にこの子を置いているのだろう。という顔だ。
それに引き替え、相変わらずゴネている自らの子供たちには、もはや苦笑するしかないといった体である。
と、そこに様子を見ていた桐田が、みかねて声をかけて来る。
「君たち、良かったら面白い昔話をきかせてあげようか?」
「昔話?」
途端に顔色を変える三人の子供たち。
やはり、まだまだスれていない年頃だけあり、この手の話には強い興味を示して来る。
「うん。この鈴鹿峠にまつわるお話なんだよ」
「聞きたい聞きたい。おじさん、お話しして」
真里の催促に、桐田は一つ頷いて話し始めていた。
「昔々の事。この鈴鹿の山一帯には、それはそれはとても強い神通力を持った、でも美しい女性の鬼がいたと言われているんだ」
「女の鬼!?」
「それだったらウチにだっていらあ。オレの事を怒ってる時のママなんて……んがっ!」
話の腰を折りかけた宗治の脳天へ、みのりが実に朗らかな笑顔を浮かべたまま、ブレーンクローを見舞っている。
「続きをどうぞ」
今度は美也子に促され、桐田は苦笑しつつ続きを口にする。
「その女性の鬼、名前を鈴鹿御前といって、天竺第四天魔王の娘だとも、はたまた実は天から降臨した天女だったとも言われていたそうだ」
「鬼で……天女?」
「うん。実際にはどうかわからないけど、鬼と呼ばれるほど強い力を持った女性なのは間違いないようだ。そのため、神通力を使って京の都から金銀財宝を次々と盗み出していたんだそうだ」
「うんうん、それで?」
乗ってきたのは子供たちだけではない。
話の主役が女性という事もあり、みのりと美也子も注意深く耳を傾けている。
「結局、被害が出るままにしておく訳にもいかず、当時の朝廷に使える博士が原因を占った所、ようやくその鈴鹿御前がやっている事だとわかったんだ。それどころか、その彼女にも劣らない強力な鬼が、この鈴鹿山に向かっている事も判明したという」
「強力な鬼って、どんな奴?」
「奥州、つまり今の東北地方からやってきた大嶽丸という鬼でね、とても強い力を持っていたらしい。何しろ、朝廷の軍隊数万騎がまるで相手にならないと言うんだから。……で、その大嶽丸は鈴鹿御前と夫婦になって、日本を転覆させようと企んでいた」
「なんか、夫婦の怪獣みたいだね」
秋宏がいかにも特撮好きな子供らしい感想を漏らすと、桐田も笑って頷いた。
「そうだね。でも、実際はそうはならなかった。……事態を重く見た朝廷は、将軍・田村丸利仁を派遣して、この二人の鬼を征伐するよう命じたんだ」
「田村丸って、もしかして初代征夷大将軍の坂上田村麻呂の事ですか?」
と、そう突っ込んだのは美也子である。
対する桐田も、少々驚いた顔で向き直る。
「ご明察です。田村丸利仁っていうのは架空の人物ですが、実在の征夷大将軍・坂上田村麻呂がモデルである事に間違いはないでしょう。事実、古代日本において朝廷にまつろわぬ民は蝦夷と呼ばれて蔑まれ、それを武力制圧してゆく過程が鬼退治の物語に変化していったケースは無数にあります」
「という事は、鈴鹿御前や大嶽丸も、元は大和朝廷に従わない日本古来の土着民?」
調査課の班員を夫に持つだけあり、美也子自身も意外なほど博学である。
話が合う人物の登場に、桐田もますます饒舌になってゆく。
一足先に現場へ到着した湯島以下、工藤と佐々木は、早速調査の業務に入る事となった。
この鈴鹿峠を通る国道一号線は、上下線が分離されて別々の高度に敷かれており、間のスペースに連絡用の小路が通った構造となっている。
地滑りはその下り線側、峠の最上部である鈴鹿トンネル付近に生じており、生じた土砂もそのスペースまでなだれ込む程の規模であった。
ここまで連れてきた家族たちを、安全区域に残して桐田に世話を任せると、さっそく三人は機材を抱え、斜面から道路側に突き出た岩塊へと近づいた。
山肌の崩落という割には、通常のそれと異なり、長雨で地盤が緩くなっている訳でもない。労せずして付近に迫ると、佐々木がすぐに自治体側から提供されたファイルを開いて目を通す。
「放射線量は異常なし、未知の病原体の存在も認められない。熱の理由は科学的な反応が一番可能性が高いって訳か」
公的な初動調査の結果を確認すると、すぐに幾つかの機材を手にとり、あまり安定していない土の斜面へヒョイヒョイと歩いてゆく。
「佐々木、俺たちは安全確認でいいか?」
「班長はそれでいいですよ。工藤君は、サポートとして一緒に来てくれないか?」
「了解です」
ノートパソコンやファイル類などを収めたバックを肩にかけると、工藤も確かな足取りで佐々木に追従する。
元々体力自慢の自衛官であり、現在も一班の肉体派代表の男である。佐々木の抱えていた荷物を引き受けても、まるで足取りに乱れが見られない。
「ま、佐々木たちの家族には悪いが、今回は何事もあるまい。退屈な業務ではあるが、俺らが安全に作業してる証明と考えてもらうか」
持参したミネラルウォーターを口に含みつつ、湯島は岩塊に茫洋とした視線を注ぎ続けるのであった。
一方、その班員の家族たちは、上下線を結ぶ連絡路の上から、岩塊を調査する佐々木たちを見つめていた。
距離にして数百メートルは離れているだけあり、その玄武岩の袂に張り付いた人の姿など殆ど点にしか見えないほどである。
「ねぇー、ママ。パパってあそこで何やってるの?」
暇をもてあました真里が、たまらず美也子に尋ねた。
「あの岩の塊が、普通とは違うから詳しく調べてるのよ」
「へえー。でも、なんだか退屈」
「大人の仕事っていうのはね、子供から見たら退屈なのよ。でも、今日はパパたちについて行きたいって言ったのは真里たちなんだから、大人しくしてなきゃ駄目よ?」
「でも、遊ぶ場所もないなんて、つまんなぁい」
昼食前の空腹時という事もあり、歳の割にキリッとした少女はむくれて見せた。
確かに真里の言う通り、滋賀県との県境にあたるこの土地は、子供の遊び場になるような物は一切ない。
見渡せば、自動車専用のバイパスが、傾斜のきつい緑豊かな渓谷に、へばりつくようにして伸びているのみである。
三人の子供たちは、まだまだその自然を観察して楽しめる歳ではない。
「宗治くんや秋宏くんたちも退屈でしょ?」
「うん。それに、おなかも空いたよ」
「宗治、それって自業自得。パパたちについて来たいって言い出さなきゃ、今頃みんな列車の中でお弁当食べてたのよ?」
「ママ、何か食べる物ちょうだーい」
とゴネて見せる宗治に、今度は秋宏が声をかける。
「宗治くん、もうそろそろお姉ちゃんたちがご飯買ってくるから、それまで待ってようよ。騒ぐと余計おなかが減るって言うよ?」
聞き分けの良すぎる秋宏の言葉に、美也子とみのりの方が顔を見合わせた。
ここまでしっかり教育されているなど、主人の同僚は一体どんな環境にこの子を置いているのだろう。という顔だ。
それに引き替え、相変わらずゴネている自らの子供たちには、もはや苦笑するしかないといった体である。
と、そこに様子を見ていた桐田が、みかねて声をかけて来る。
「君たち、良かったら面白い昔話をきかせてあげようか?」
「昔話?」
途端に顔色を変える三人の子供たち。
やはり、まだまだスれていない年頃だけあり、この手の話には強い興味を示して来る。
「うん。この鈴鹿峠にまつわるお話なんだよ」
「聞きたい聞きたい。おじさん、お話しして」
真里の催促に、桐田は一つ頷いて話し始めていた。
「昔々の事。この鈴鹿の山一帯には、それはそれはとても強い神通力を持った、でも美しい女性の鬼がいたと言われているんだ」
「女の鬼!?」
「それだったらウチにだっていらあ。オレの事を怒ってる時のママなんて……んがっ!」
話の腰を折りかけた宗治の脳天へ、みのりが実に朗らかな笑顔を浮かべたまま、ブレーンクローを見舞っている。
「続きをどうぞ」
今度は美也子に促され、桐田は苦笑しつつ続きを口にする。
「その女性の鬼、名前を鈴鹿御前といって、天竺第四天魔王の娘だとも、はたまた実は天から降臨した天女だったとも言われていたそうだ」
「鬼で……天女?」
「うん。実際にはどうかわからないけど、鬼と呼ばれるほど強い力を持った女性なのは間違いないようだ。そのため、神通力を使って京の都から金銀財宝を次々と盗み出していたんだそうだ」
「うんうん、それで?」
乗ってきたのは子供たちだけではない。
話の主役が女性という事もあり、みのりと美也子も注意深く耳を傾けている。
「結局、被害が出るままにしておく訳にもいかず、当時の朝廷に使える博士が原因を占った所、ようやくその鈴鹿御前がやっている事だとわかったんだ。それどころか、その彼女にも劣らない強力な鬼が、この鈴鹿山に向かっている事も判明したという」
「強力な鬼って、どんな奴?」
「奥州、つまり今の東北地方からやってきた大嶽丸という鬼でね、とても強い力を持っていたらしい。何しろ、朝廷の軍隊数万騎がまるで相手にならないと言うんだから。……で、その大嶽丸は鈴鹿御前と夫婦になって、日本を転覆させようと企んでいた」
「なんか、夫婦の怪獣みたいだね」
秋宏がいかにも特撮好きな子供らしい感想を漏らすと、桐田も笑って頷いた。
「そうだね。でも、実際はそうはならなかった。……事態を重く見た朝廷は、将軍・田村丸利仁を派遣して、この二人の鬼を征伐するよう命じたんだ」
「田村丸って、もしかして初代征夷大将軍の坂上田村麻呂の事ですか?」
と、そう突っ込んだのは美也子である。
対する桐田も、少々驚いた顔で向き直る。
「ご明察です。田村丸利仁っていうのは架空の人物ですが、実在の征夷大将軍・坂上田村麻呂がモデルである事に間違いはないでしょう。事実、古代日本において朝廷にまつろわぬ民は蝦夷と呼ばれて蔑まれ、それを武力制圧してゆく過程が鬼退治の物語に変化していったケースは無数にあります」
「という事は、鈴鹿御前や大嶽丸も、元は大和朝廷に従わない日本古来の土着民?」
調査課の班員を夫に持つだけあり、美也子自身も意外なほど博学である。
話が合う人物の登場に、桐田もますます饒舌になってゆく。
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