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Zeal of Ultralady 第十五話『戦鬼ギゼオネス』 Part5-2
それまで、恐るべき敵として、凄まじい力量と存在感を誇っていた真紅の戦姫。
だが、目の前に出現したその姿は、凄惨どころか、悲惨としか言いようのない姿であった。
全身からは絶えず赤黒い血を滴らせ、自船の金色の甲板を絶えず塗らしている。
顔面部は、右反面を巨大な裂傷が縦一文字に走り抜け、ルビーのごとく赤く透き通っていた片目を無惨に潰している。
それ以外の部分もほとんどが自身の鮮血に染まっているものの、形の良い唇からは、呼吸のたびに喀血があふれ出ており、目を背けたくなるほどである。
全身に刻みつけられた無数の傷跡もまた、ほとんど致命傷の範疇と言って良い物であった。
強靱な中にも、どこか女性らしさを感じさせた四肢の内、左肩から上腕にかけてが骨ごと叩き潰されたかのように変形した。
胸や腹部にも巨大な四条の爪痕が刻みつけられており、ギゼンダがその甚大な激痛に絶えず苛まれているのが伺えた。
左足を引きずりつつ、辛うじて三人の前に立った戦姫は、露骨な自嘲を声とした。
「へ、へへ……し、死に損なっちまったぜ……」
“ギゼンダ! その傷はギゼオネスの仕打ちなのですね!?”
好敵手として、友として、ギゼンダともっとも関係の深いジールは、真っ先に彼女へ駆け寄ろうとする。
だが、戦姫はそれを一喝した。
「近寄んじゃねえ!!」
思わず足を踏み出し損ねたジールへ、ギゼンダは苦しげに続きを述べた。
「確かに、これは兄貴の手による傷さ……。ぶっ殺されるかと思っていたが、命だけは取られずにいたぜ。運が良かった、と言うべきかもな」
“そのような傷を負わせてなお、意識を残しておくなどと、ギゼオネスはどこまで残忍なのです!”
義憤に猛るジールは、瀕死の友へさらに言葉を送った。
“しかし、ギゼンダ。あなたほどの戦士が、なぜそうまで理不尽な罰を無抵抗に甘受したのです?”
その問いに対し、鮮血に染まったギゼンダはしばし沈黙した。
だが、少しして、何かを思い返すかのように口を開く。
「無抵抗じゃねえよ……。懲罰は単なる名目で、実態は兄貴の身体の慣らしだからな。それこそ……死ぬ気で抵抗したさ」
“なんだと!?”
疑念の声はシャディスの物であった。
過去の大戦時、唯一ギゼオネスと刃を交えた者として、どこか違和感を感じている反応である。
「それでも、オレはこのザマで兄貴は全くの無傷だ……。笑っちまうぜ、まったく」
苦笑いをしようとしたギゼンダは、その途端いきなりむせ込み、大量の吐血を甲板へと吐き出した。
朱に染まった戦姫は膝を折りかけたものの、意地のみで持ち直す。
「さあ、かかって来いよ……。この船の門番はオレだ。兄貴に挑みてえなら、まずオレを倒せ。ジール」
“なぜ、そうまでして戦いを求めるのです、ギゼンダ?”
まるで、味方の身を案じるがごときジールの声色であった。
「兄貴が言うには、これは懲罰の続きだそうだ……。妹へのせめてものはからいとして、逆賊ではなく戦士として生涯を閉じさせてやる。敵と戦って死ね。……だとよ」
“なっ……!”
ジールのみならず、シャディスとクライフスまでもが、全身に怒気を纏ってゆく。
確かに、ギゼンダはこれまでにも侵略者として、多くの命を奪い、悲劇を巻き起こして来た。
だが、それはあくまで多種族と交戦せねば、獣化の病によって種が滅びるしかないためである。
いわば、捕食者が他の生物を食らうのと同義の行為であり、自らの種族を存続させようとするその行為は、決して人としての尊厳を捨てた物ではなかった。
あまつさえ、抵抗できない者には決して手をかけず、その存在を尊重するなど、ギゼンダはまさに武人としても一級の存在である事に疑いはない。
彼女がその姿勢を貫くがゆえに、ギゼオネスが下した過剰な罰は、まさに人間性への攻撃としか言えなかった。
「早く……しろよ……。こっちは、死ぬほど痛えんだからよ……」
“わかりました”
静かに言ったジールの声は、ある種の決意を秘めた物であった。
「それでいい……。生涯に幕を引いてくれるのがお前なら、オレは思い残すことなく逝けるぜ。ジールよ……」
次の瞬間、巨大生物の足取りとは思えないほど、ジールは静かにギゼンダへ向かって駆けだしていた。
刹那、白銀の影が、鋭い打撃音を残して真紅の巨体の脇を駆け抜ける。
数秒の沈黙の後、傷を負ってなお重厚なギゼンダの身体は、大木のごとく前のめりに倒れていった。
だが、それで終わりではなかった。
「ジール。てめぇ……なぜ、オレを殺さねえ……」
横倒しに伏した戦姫から、戦女神の真意を問う声が漏れ出していた。
対するジールは、背を向けたまま、力強い声に思いを乗せる。
“今、あなたの平衡感覚を麻痺させました。これで、あなたは完全に戦闘能力を喪失し、勝敗は決しました”
「バカ野郎が……」
苦渋に満ちた声色に罵られた事で、逆に戦女神は気配を和らげる。
“ギゼンダ。これから、私たちはギゼオネスを倒します。絶対に。……そして、ネルザスの君主となったあなたと和平を結びます”
「へっ……。てめぇも見かけによらず残酷な奴だな。オレにまだ生き恥を晒させたいのかよ……」
やるべき事をやり尽くした。そう確信する者に特有の倦怠感。
今のギゼンダの放つ気配は、まさにそれであった。
しかし、白銀の戦女神は次の一言で、好敵手の目を剥かせる情報を述べたのである。
“私のようにはなるな”
「なんだその言葉は?……って、まさか!?」
“そうです。これは、あなたの親友ダエスカが、私に託した最後の言葉です”
親友であったデストーネ星人の剣士に託された言葉を受け、横臥したままのギゼンダは、ゆっくりと目を閉じた。
「仕方のねえ奴だ、あいつもよ」
そして、次に目を見開くと同時に口にした言葉は、本来の力強さを、僅かだが内包した物であった。
「いいだろう。……オレも、もう一度だけ、他人を信じてみる事にしよう」
“他人を信じる。とはどういう事だ?”
やや唐突な感じのする内容に、今度はシャディスが先を促した。
「ああ。……オレたちネルザスを、戦いなしでは生きられない境遇に追いやった獣化の病。もし、それが他の星系人によって引き起こされた物だとしたら、お前らはどう思う?」
“あの病が人為的に引き起こされた物、だと?”
予想だにしない事実を耳にして、白銀の戦神は僅かながら驚きの声色を作った。
「そうさ。オレらネルザスは、元から優れた戦闘能力を持ってはいたが、本来母星で巨大生物の放牧と狩猟をするだけの穏やかな種族だった……」
ギゼンダによる告白は、ネルザスの秘史ともいうべき内容となってゆく。
「だが、オレや兄貴も生まれていない遙かな昔、惑星ネルザスに幾つかの隕石が落下してな。それを境に、特殊なレトロウィルスによる遺伝子疾患が確認され出した」
“獣化の病、か?”
相変わらず冷静さを崩さないクライフスの確認に、戦姫は黙然と頷いた。
「ああ。その災禍は、驚くほどの速さで惑星全土に広がっていった。……あの病の特性から、惑星ネルザスは瞬く間に同族同士の戦火で覆われたらしい」
元々の生命力が桁外れのためなのだろう。ギゼンダの口調は、今ではかなりしっかりした物へ戻り始めている。
「戦火によって惑星全土が荒廃し切った頃、ようやくその首謀者が地表に降り立った。ネルザスの民にだけ感染するレトロウィルスを作りやがった、デゴネシア星人どもだ」
“デゴネシア星人? 聞いた事はないがな、そんな人種”
「連中はとっくに滅びてるからな。……だが、当初の連中は、ネルザスの惨状を救いに来た異星人。という化けの皮を被っていた。元来、あまり頭の良くなかったネルザスの民は、その演技にすっかり騙されたらしい」
“しかし、あなた方を救うとは、一体どんな方法なのです?”
ネルザスが侵略者となっていった過程の出来事を追求するジール。
その声は、あくまで痛ましい物を見たかのような物である。
「簡単だ。当時、デゴネシアの奴らと紛争状態にあった他の文明へ、切り込む役割を押しつけられたのさ。背に腹は代えられなかった先祖たちは、その強大な力をもって、次々とデゴネシアに敵対する星を滅ぼしていった」
“なんと卑劣な……!”
手口の悪辣さに憤るジールだが、ギゼンダはそれを無視して続きを述べた。
「だが、先祖たちもただ連中に使われてる訳じゃなかった。……大人しく従うふりをしつつ、少しずつ連中の文明を学んでいたんだ」
“そののちに反乱、か?”
「ああ。そして、時代は流れ、オレが生まれる少し前になった時だった。ネルザスの中でも突然変異的に強い力を持ち、暗に種族全体を掌握して、反乱の下地を作れるほどの男が現れた。……オレの祖父のギゼウス王だ」
ギゼンダの祖父というからには、相当な力量の男であった事は想像に難くない。
ジールたち三人の内、実際に対面した事のある者はいないが、彼の生きていた状況を推察する事は容易かった。
「機が熟したと見たギゼウス王は、それまで王家だけが把握していたデゴネシアの策略を種族全てへ公表し、一挙に反乱を起こしたという。……長年にわたって奴隷のように扱われていたネルザスの怒りは凄まじかった。地球時間にして、ただの三日でデゴネシア星人全てを根絶やしにし、連中が存在した形跡を残さず銀河から消し去った」
事実を語るギゼンダの声は、なおも続いた。
「種族の自由を回復したギゼウス王は、即座に銀河へ進出し、自分たちを獣化の病から解き放ってくれる文明を探し始めたのさ」
“結果は?”
「虚しかったぜ……。出会った文明の全てが、すでに戦闘種族として知れ渡っていたオレらを敵対視するか、デゴネシアのようにその力を利用しようとするだけだった」
一時はこの銀河に覇を唱えたネルザス星人。
その歴史は、種族として持つ強大な力とは裏腹に、あまりに惨めな物であった。
「三度だ。助けを求めた星に利用され続けてなお、オレたちは三度相手を信じた。……だが、その全てが徒労に終わった時、オレらは他者を信じる事をやめた。もはや、自力で我が身を救う以外にないと悟ったのさ」
“ネルザスの頑なな姿勢の裏には、そんな過去があったのですね……”
「まあ、な。……種族にかけられた呪縛から逃れようとする余り、いつしかオレたちは人としての心を失っていった。だが……」
“だが?”
シャディスの反問に、ギゼンダは倒れたまま天を仰ぎ、静かに口を開く。
「破壊と殺戮に狂う以外、道がなかったとしても、オレは最後まで“人”として生きていたかった……。戦って他者を殺すのは、確かに悪には違いない。だからこそ、オレは自らに恥じ入るような生き方だけはしたくなかった。矜持を保ち、常に前を向いて立っていたかったんだ……」
侵略者であるはずのギゼンダが、常に誇り高い態度に終始していた理由。
それは、あくまで獣ではなく、人としてあり続けようとした志の現れであったのだ。
この事実を初めて目の当たりにしたジールは、胸中に沸き起こる思いの多さに、ゆっくりと顔を俯ける事しか出来なかった。
「所詮、自己満足に過ぎなかったがな」
含むように自虐的な笑みを浮かべる戦姫。
しかし、そこへ送られた戦女神の声は、どこまでも強く真っ直ぐな物であった。
“ギゼンダ。我々の母星には、過去の戦争で捕虜とした、数百のネルザス星人が眠っています。あなたはその盟主となり、私たちと共に生きて下さい”
顔だけを傾け、友と定めたジールの顔へ目をやるギゼンダ。
「その言葉には、素直に礼を言う。……だが、駄目だ」
“この期に及んで、なぜそうまで意地を張るのです?”
「意地じゃねえ……。現実的な問題さ……」
身振りまで入れ、自らを説得しようとするジールに対し、ギゼンダは確定事項を述べるかのような声を返した。
「無念の極みだが、オレも、お前らも、今日ここで兄貴に殺される。共に未来を迎える事はできねえ」
諦観に支配された戦姫が、目を閉じたと同時であった。
鋼の大地と見まごう巨船の甲板が、規則性を持った振動を始めていた。
“今度こそ、本当のおでましだな”
普段、焦りや怯えなどとはほど遠い姿勢を崩さないシャディス。
その戦神が、半ば無意識に全身を強ばらせ、過剰なまでの警戒態勢へと移行している。
呼応したクライフスもまた、友より託された双剣を召喚し、構えた両手へ収めていた。
甲板の振動が更に増すや、四人の見据える前方の空間へ、通常の物よりさらに巨大な空間転移の閃光が現出する。
これまでに地球上で現出していた物とは異なり、歪曲した空間の中から、絶えず微細な雷光が周囲の大気へ散っているほどであった。
それは、空間の中から歩み出てくる者が、自らの力量のみで巻き起こしている現象に他ならない。
実の兄の出現に、ギゼンダは投げ出すような言葉を吐き出した。
「どうして、もっと以前にお前らと出会えなかったんだろうな……。そうしていれば、こんな事態にはならずに済んだ物を、よ」
“まだ遅くなどありません! 私は大切な仲間に約束しました。絶対に、自分たちの未来を勝ち取ると!!”
一喝する戦女神の声に、瀕死の戦姫は微かに笑みを浮かべて見せた。
「さすがだな……。そこまで言うのなら、オレもお前らの戦いを最後まで見届けてやる」
ギゼンダの意志を受けると、ジールはしっかりと頷き、前方の空間から歩み出てくる者へと正対する。
地球全てが震えているかに思える振動の中、ついに銀河最強の生物が、閃光の中にその輪郭を見せ始めていた。
だが、目の前に出現したその姿は、凄惨どころか、悲惨としか言いようのない姿であった。
全身からは絶えず赤黒い血を滴らせ、自船の金色の甲板を絶えず塗らしている。
顔面部は、右反面を巨大な裂傷が縦一文字に走り抜け、ルビーのごとく赤く透き通っていた片目を無惨に潰している。
それ以外の部分もほとんどが自身の鮮血に染まっているものの、形の良い唇からは、呼吸のたびに喀血があふれ出ており、目を背けたくなるほどである。
全身に刻みつけられた無数の傷跡もまた、ほとんど致命傷の範疇と言って良い物であった。
強靱な中にも、どこか女性らしさを感じさせた四肢の内、左肩から上腕にかけてが骨ごと叩き潰されたかのように変形した。
胸や腹部にも巨大な四条の爪痕が刻みつけられており、ギゼンダがその甚大な激痛に絶えず苛まれているのが伺えた。
左足を引きずりつつ、辛うじて三人の前に立った戦姫は、露骨な自嘲を声とした。
「へ、へへ……し、死に損なっちまったぜ……」
“ギゼンダ! その傷はギゼオネスの仕打ちなのですね!?”
好敵手として、友として、ギゼンダともっとも関係の深いジールは、真っ先に彼女へ駆け寄ろうとする。
だが、戦姫はそれを一喝した。
「近寄んじゃねえ!!」
思わず足を踏み出し損ねたジールへ、ギゼンダは苦しげに続きを述べた。
「確かに、これは兄貴の手による傷さ……。ぶっ殺されるかと思っていたが、命だけは取られずにいたぜ。運が良かった、と言うべきかもな」
“そのような傷を負わせてなお、意識を残しておくなどと、ギゼオネスはどこまで残忍なのです!”
義憤に猛るジールは、瀕死の友へさらに言葉を送った。
“しかし、ギゼンダ。あなたほどの戦士が、なぜそうまで理不尽な罰を無抵抗に甘受したのです?”
その問いに対し、鮮血に染まったギゼンダはしばし沈黙した。
だが、少しして、何かを思い返すかのように口を開く。
「無抵抗じゃねえよ……。懲罰は単なる名目で、実態は兄貴の身体の慣らしだからな。それこそ……死ぬ気で抵抗したさ」
“なんだと!?”
疑念の声はシャディスの物であった。
過去の大戦時、唯一ギゼオネスと刃を交えた者として、どこか違和感を感じている反応である。
「それでも、オレはこのザマで兄貴は全くの無傷だ……。笑っちまうぜ、まったく」
苦笑いをしようとしたギゼンダは、その途端いきなりむせ込み、大量の吐血を甲板へと吐き出した。
朱に染まった戦姫は膝を折りかけたものの、意地のみで持ち直す。
「さあ、かかって来いよ……。この船の門番はオレだ。兄貴に挑みてえなら、まずオレを倒せ。ジール」
“なぜ、そうまでして戦いを求めるのです、ギゼンダ?”
まるで、味方の身を案じるがごときジールの声色であった。
「兄貴が言うには、これは懲罰の続きだそうだ……。妹へのせめてものはからいとして、逆賊ではなく戦士として生涯を閉じさせてやる。敵と戦って死ね。……だとよ」
“なっ……!”
ジールのみならず、シャディスとクライフスまでもが、全身に怒気を纏ってゆく。
確かに、ギゼンダはこれまでにも侵略者として、多くの命を奪い、悲劇を巻き起こして来た。
だが、それはあくまで多種族と交戦せねば、獣化の病によって種が滅びるしかないためである。
いわば、捕食者が他の生物を食らうのと同義の行為であり、自らの種族を存続させようとするその行為は、決して人としての尊厳を捨てた物ではなかった。
あまつさえ、抵抗できない者には決して手をかけず、その存在を尊重するなど、ギゼンダはまさに武人としても一級の存在である事に疑いはない。
彼女がその姿勢を貫くがゆえに、ギゼオネスが下した過剰な罰は、まさに人間性への攻撃としか言えなかった。
「早く……しろよ……。こっちは、死ぬほど痛えんだからよ……」
“わかりました”
静かに言ったジールの声は、ある種の決意を秘めた物であった。
「それでいい……。生涯に幕を引いてくれるのがお前なら、オレは思い残すことなく逝けるぜ。ジールよ……」
次の瞬間、巨大生物の足取りとは思えないほど、ジールは静かにギゼンダへ向かって駆けだしていた。
刹那、白銀の影が、鋭い打撃音を残して真紅の巨体の脇を駆け抜ける。
数秒の沈黙の後、傷を負ってなお重厚なギゼンダの身体は、大木のごとく前のめりに倒れていった。
だが、それで終わりではなかった。
「ジール。てめぇ……なぜ、オレを殺さねえ……」
横倒しに伏した戦姫から、戦女神の真意を問う声が漏れ出していた。
対するジールは、背を向けたまま、力強い声に思いを乗せる。
“今、あなたの平衡感覚を麻痺させました。これで、あなたは完全に戦闘能力を喪失し、勝敗は決しました”
「バカ野郎が……」
苦渋に満ちた声色に罵られた事で、逆に戦女神は気配を和らげる。
“ギゼンダ。これから、私たちはギゼオネスを倒します。絶対に。……そして、ネルザスの君主となったあなたと和平を結びます”
「へっ……。てめぇも見かけによらず残酷な奴だな。オレにまだ生き恥を晒させたいのかよ……」
やるべき事をやり尽くした。そう確信する者に特有の倦怠感。
今のギゼンダの放つ気配は、まさにそれであった。
しかし、白銀の戦女神は次の一言で、好敵手の目を剥かせる情報を述べたのである。
“私のようにはなるな”
「なんだその言葉は?……って、まさか!?」
“そうです。これは、あなたの親友ダエスカが、私に託した最後の言葉です”
親友であったデストーネ星人の剣士に託された言葉を受け、横臥したままのギゼンダは、ゆっくりと目を閉じた。
「仕方のねえ奴だ、あいつもよ」
そして、次に目を見開くと同時に口にした言葉は、本来の力強さを、僅かだが内包した物であった。
「いいだろう。……オレも、もう一度だけ、他人を信じてみる事にしよう」
“他人を信じる。とはどういう事だ?”
やや唐突な感じのする内容に、今度はシャディスが先を促した。
「ああ。……オレたちネルザスを、戦いなしでは生きられない境遇に追いやった獣化の病。もし、それが他の星系人によって引き起こされた物だとしたら、お前らはどう思う?」
“あの病が人為的に引き起こされた物、だと?”
予想だにしない事実を耳にして、白銀の戦神は僅かながら驚きの声色を作った。
「そうさ。オレらネルザスは、元から優れた戦闘能力を持ってはいたが、本来母星で巨大生物の放牧と狩猟をするだけの穏やかな種族だった……」
ギゼンダによる告白は、ネルザスの秘史ともいうべき内容となってゆく。
「だが、オレや兄貴も生まれていない遙かな昔、惑星ネルザスに幾つかの隕石が落下してな。それを境に、特殊なレトロウィルスによる遺伝子疾患が確認され出した」
“獣化の病、か?”
相変わらず冷静さを崩さないクライフスの確認に、戦姫は黙然と頷いた。
「ああ。その災禍は、驚くほどの速さで惑星全土に広がっていった。……あの病の特性から、惑星ネルザスは瞬く間に同族同士の戦火で覆われたらしい」
元々の生命力が桁外れのためなのだろう。ギゼンダの口調は、今ではかなりしっかりした物へ戻り始めている。
「戦火によって惑星全土が荒廃し切った頃、ようやくその首謀者が地表に降り立った。ネルザスの民にだけ感染するレトロウィルスを作りやがった、デゴネシア星人どもだ」
“デゴネシア星人? 聞いた事はないがな、そんな人種”
「連中はとっくに滅びてるからな。……だが、当初の連中は、ネルザスの惨状を救いに来た異星人。という化けの皮を被っていた。元来、あまり頭の良くなかったネルザスの民は、その演技にすっかり騙されたらしい」
“しかし、あなた方を救うとは、一体どんな方法なのです?”
ネルザスが侵略者となっていった過程の出来事を追求するジール。
その声は、あくまで痛ましい物を見たかのような物である。
「簡単だ。当時、デゴネシアの奴らと紛争状態にあった他の文明へ、切り込む役割を押しつけられたのさ。背に腹は代えられなかった先祖たちは、その強大な力をもって、次々とデゴネシアに敵対する星を滅ぼしていった」
“なんと卑劣な……!”
手口の悪辣さに憤るジールだが、ギゼンダはそれを無視して続きを述べた。
「だが、先祖たちもただ連中に使われてる訳じゃなかった。……大人しく従うふりをしつつ、少しずつ連中の文明を学んでいたんだ」
“そののちに反乱、か?”
「ああ。そして、時代は流れ、オレが生まれる少し前になった時だった。ネルザスの中でも突然変異的に強い力を持ち、暗に種族全体を掌握して、反乱の下地を作れるほどの男が現れた。……オレの祖父のギゼウス王だ」
ギゼンダの祖父というからには、相当な力量の男であった事は想像に難くない。
ジールたち三人の内、実際に対面した事のある者はいないが、彼の生きていた状況を推察する事は容易かった。
「機が熟したと見たギゼウス王は、それまで王家だけが把握していたデゴネシアの策略を種族全てへ公表し、一挙に反乱を起こしたという。……長年にわたって奴隷のように扱われていたネルザスの怒りは凄まじかった。地球時間にして、ただの三日でデゴネシア星人全てを根絶やしにし、連中が存在した形跡を残さず銀河から消し去った」
事実を語るギゼンダの声は、なおも続いた。
「種族の自由を回復したギゼウス王は、即座に銀河へ進出し、自分たちを獣化の病から解き放ってくれる文明を探し始めたのさ」
“結果は?”
「虚しかったぜ……。出会った文明の全てが、すでに戦闘種族として知れ渡っていたオレらを敵対視するか、デゴネシアのようにその力を利用しようとするだけだった」
一時はこの銀河に覇を唱えたネルザス星人。
その歴史は、種族として持つ強大な力とは裏腹に、あまりに惨めな物であった。
「三度だ。助けを求めた星に利用され続けてなお、オレたちは三度相手を信じた。……だが、その全てが徒労に終わった時、オレらは他者を信じる事をやめた。もはや、自力で我が身を救う以外にないと悟ったのさ」
“ネルザスの頑なな姿勢の裏には、そんな過去があったのですね……”
「まあ、な。……種族にかけられた呪縛から逃れようとする余り、いつしかオレたちは人としての心を失っていった。だが……」
“だが?”
シャディスの反問に、ギゼンダは倒れたまま天を仰ぎ、静かに口を開く。
「破壊と殺戮に狂う以外、道がなかったとしても、オレは最後まで“人”として生きていたかった……。戦って他者を殺すのは、確かに悪には違いない。だからこそ、オレは自らに恥じ入るような生き方だけはしたくなかった。矜持を保ち、常に前を向いて立っていたかったんだ……」
侵略者であるはずのギゼンダが、常に誇り高い態度に終始していた理由。
それは、あくまで獣ではなく、人としてあり続けようとした志の現れであったのだ。
この事実を初めて目の当たりにしたジールは、胸中に沸き起こる思いの多さに、ゆっくりと顔を俯ける事しか出来なかった。
「所詮、自己満足に過ぎなかったがな」
含むように自虐的な笑みを浮かべる戦姫。
しかし、そこへ送られた戦女神の声は、どこまでも強く真っ直ぐな物であった。
“ギゼンダ。我々の母星には、過去の戦争で捕虜とした、数百のネルザス星人が眠っています。あなたはその盟主となり、私たちと共に生きて下さい”
顔だけを傾け、友と定めたジールの顔へ目をやるギゼンダ。
「その言葉には、素直に礼を言う。……だが、駄目だ」
“この期に及んで、なぜそうまで意地を張るのです?”
「意地じゃねえ……。現実的な問題さ……」
身振りまで入れ、自らを説得しようとするジールに対し、ギゼンダは確定事項を述べるかのような声を返した。
「無念の極みだが、オレも、お前らも、今日ここで兄貴に殺される。共に未来を迎える事はできねえ」
諦観に支配された戦姫が、目を閉じたと同時であった。
鋼の大地と見まごう巨船の甲板が、規則性を持った振動を始めていた。
“今度こそ、本当のおでましだな”
普段、焦りや怯えなどとはほど遠い姿勢を崩さないシャディス。
その戦神が、半ば無意識に全身を強ばらせ、過剰なまでの警戒態勢へと移行している。
呼応したクライフスもまた、友より託された双剣を召喚し、構えた両手へ収めていた。
甲板の振動が更に増すや、四人の見据える前方の空間へ、通常の物よりさらに巨大な空間転移の閃光が現出する。
これまでに地球上で現出していた物とは異なり、歪曲した空間の中から、絶えず微細な雷光が周囲の大気へ散っているほどであった。
それは、空間の中から歩み出てくる者が、自らの力量のみで巻き起こしている現象に他ならない。
実の兄の出現に、ギゼンダは投げ出すような言葉を吐き出した。
「どうして、もっと以前にお前らと出会えなかったんだろうな……。そうしていれば、こんな事態にはならずに済んだ物を、よ」
“まだ遅くなどありません! 私は大切な仲間に約束しました。絶対に、自分たちの未来を勝ち取ると!!”
一喝する戦女神の声に、瀕死の戦姫は微かに笑みを浮かべて見せた。
「さすがだな……。そこまで言うのなら、オレもお前らの戦いを最後まで見届けてやる」
ギゼンダの意志を受けると、ジールはしっかりと頷き、前方の空間から歩み出てくる者へと正対する。
地球全てが震えているかに思える振動の中、ついに銀河最強の生物が、閃光の中にその輪郭を見せ始めていた。
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“あなたの体は、悲鳴を上げています”
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